東京高等裁判所 昭和34年(く)2号 決定
本件即時抗告理由の要旨は、申立人作成名義の即時抗告申立書と題する書面に記載してあるとおりであつて、即ち「申立人が裁判官井田友吉の忌避申立をなした理由は、忌避申立書記載の通りである。ところが、原決定は、証拠能力のない申立人作成名義の偽造された上申書を証拠として取調べる旨の決定をなし、事件の公正を決する唯一の重要証人餌取定三の証人申請を却下したからといつて、直ちに同裁判官が事件について不公平な裁判をするおそれがあるということは到底できないという。しかし、憲法第三七条により、被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられるはずであり、憲法第三八条により、自己に不利益な供述は強要されないはずである。なお、その上、上申書作成人岡田治人巡査は、上申書を作成するに当り、代筆をする理由は何もなかつた旨を証言しており、上司の命令により作成したと証言した。これらによつても、該上申書は、偽造せられたものであることは明らかである。ところが、裁判官井田友吉は、証拠にすることができない偽造された上申書は、証拠にすると決定し、申立人にとつて極めて重要であるばかりでなく、本事件の公正上最重要の証人は、却下して取調べないというのである。裁判官のかかる態度は、公平なる裁判所ということはできない。不公平なる裁判をする恐れは明白である。又原決定は、本案記録によつても、裁判官井田友吉の言語に公平を欠く点はないというが、それだからといつて、法廷内において、被告人に対し、裁判官井田友吉が不公平な取扱をしなかつたとはいえない。法廷内における裁判官の不公平な言語の表現や態度を書記官が記録に載せるということは到底ない。右の理由により、原決定の取消を求めるため本件即時抗告に及んだ。」というにある。
よつて案ずるに、一件記録によれば、申立人が原裁判所に対してなした裁判官忌避申立理由の要旨は、原決定摘示のとおりであつて、即ち、
「申立人に対する静岡簡易裁判所の傷害被告事件について、昭和三三年一〇月一五日の公判期日において、裁判官井田友吉は、申立人作成名義の上申書を、申立人が異議を述べ、又、同日の証人岡田治人の証言よりみて、証拠とすることができないのにかかわらず、証拠として取調べる旨の決定をなし、更に、事件の公正を決する重要証人として申立人が申請していた餌取定三の証人申請を却下し、しかも、そのいずれについても、何らの理由も示さず、説明もしないが、これは、同裁判官が、申立人に対し著しい偏見を持ち、事件につき不公正な裁判をすることが明らかであり、又、数回の公判においても、その言語に甚だ公平を欠き、裁判官として信任し得ないから、同裁判官を忌避する。」
というにあるところ、本件抗告事件記録に添附してある前掲傷害被告事件の本案記録に徴するときは、前記公判期日において、裁判官井田友吉が申立人主張のような内容の各証拠決定をした事実が認められるのであり、右各証拠決定につき、理由を示し又は説明した事跡の記録上窺われないことは、申立人主張のとおりであるが、しかし、証拠調に関する許否の裁判について、理由を示しあるいは説明をすることは、法律上要求されていないこと、及び前示のような各証拠決定をしたからといつて、直ちに右裁判官が不公平な裁判をするおそれがあるということができないことは、いずれも原決定説示のとおりであるといわなければならない。この点につき申立人は、憲法第三七条により、被告人は、すべての証人に対して審問をする機会を充分に与えられるはずであり、憲法第三八条により、自己に不利益な供述は強要されないはずである旨主張するけれども、憲法第三七条第二項は、裁判所は被告人又は弁護人から申請した証人は不必要と思われる者まで悉く尋問しなければならないという趣旨ではないと解すべきことは、つとに最高裁判所判例の示すところであるし、又、前示証拠決定をしたことは、被告人に不利益な供述を強要したことにもならないのであるから、申立人の右主張は採るを得ない。なお、数回の公判期日において、右裁判官の言語に公平を欠く点があつたことについては、申立人は、その内容を具体的に明らかにしないばかりでなく、これを認むべき何らの資料も示さないのであつて、前掲本案記録によつても、このような事跡の認め得られないことは、原決定説示のとおりであるし、その他記録を精査検討してみても、右裁判官井田友吉について、忌避理由にあたるような事由は、これを発見することができないのである。
(中西 山田 鈴木)